近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが重要視される中、国内のDXが進まない理由の1つに、DXを推進する人材が不足していることが挙げられます。
DX人材とは、デジタル技術やデータ活用に精通しており、プロジェクトを統括してDX推進をリードする人材のことです。
DX人材の不足を解消するために、アウトソーシングや中途採用ではなく、社内の人材をDX人材へと育成する取り組みが注目されています。
本記事では、DX人材を育成するメリットから、DX人材に必要な知識やスキルまでを説明します。また、社内でDX人材を育成させる方法ついて紹介します。
DX人材の育成が重要視される理由
みずほ情報総研株式会社が発行した「IT人材需給に関する調査」によると、IT人材の不足状況についての予測では、2030年に最大で約79万人の人材不足に陥る可能性があると報告されています。
また、経済産業省ではDX推進するうえでの課題に、IT人材不足を挙げており、解決策としてDX人材の育成・確保を提言しています。
DX人材の育成・確保
- 既存システムの維持・保守業務から解放し、DX分野に人材シフト
- アジャイル開発の実践による事業部門人材のIT人材化
- スキル標準、講座認定制度による人材育成
DX人材は、デジタル技術のみに精通した人材では不十分です。実際にDXのプロジェクトを進めていくには、各事業部門の業務内容を理解しつつ、データが示す意味や重要性を理解しながら、デジタル技術を上手く活用することができるDX人材を育成していくことが必要です。
DX人材を育成するメリット
自社や事業に最適なシステムを判断できる
企業にDX人材がいると、自社や事業を成長させるために必要なシステムを判断できるようになります。DX人材は、自社の事業・業務内容を深く理解し、既存システムを活用するだけでなく、システムの一貫性を保ちながらも、現場の状況にあわせたシステム開発に着手することができます。
また、DX推進は1つの部署だけで完結することは少なく、多部署が関わるケースが多いため、社内調整をスムーズに行うことは成果に大きく影響します。そのため外部ベンダーと比較すると、自社のDX人材は有利といえます。
守りDXから攻めのDXまでをスムーズに実現できる
業務処理の効率化や業務プロセスの抜本的改革などの「守りのDX」を行う際に、既存業務やシステムを熟知している社内の人材が対応することで、企業の問題点を正確に把握し、正しい企画の立案、開発を実行できます。
また、新規事業を含めビジネスモデルの改革を行う「攻めのDX」においても、社内のシステムだけでなく、経営側や事業部側にも理解のあるDX人材は、中長期的なスコープでDXのプロジェクトを推進できます。
攻めのDXと守りのDXの違いについて、詳しくは下記の記事をご覧ください。
関連:「攻めのDX」とは?守りのDXとの違い、攻めのDX推進に必要なこと
DX人材に必要な知識
ITに関わる基本的な知識
DXはデジタル技術を用いるため最低限のIT知識が必要です。webやアプリケーションの基礎知識や仕組みへの理解もDX人材であれば身につけておくべきでしょう。
また、AIやIoTなど近年耳にする機会が多い、新しい技術に関する知識も、事前に学んでおいて損はありません。IT関連の情報は、目まぐるしいスピードで日々更新されているため、知識をアップデートすることも大切です。
データを正しく活用するための知識
豊富なIT知識を有していても、有効活用できなければ役に立ちません。データを正しく読み取り、活用するためのデータに関する知識も必要です。
データに関する正しい知識を身に着けていると、勘や経験に頼らず、社内外の人間とデータをもとにしたコミュニケーションをとれたり、論理的な意思決定などを行えます。また、簡易的なデータの抽出・分析スキルなどを身につけておくと、社内のDXがよりスピーディーに発展します。
関連:顧客データ活用の課題と解決策|5つの成功事例から学ぶ分析・管理方法
DX人材に必要な適性
DX人材には、デジタル技術の知識やスキルだけでなく、「現状を変えたい」や「自ら新しいものを生み出す」といった貪欲な姿勢、課題を見つける力や主体性を持つことも重要です。独立行政法人情報処理推進機(IPA)の調査では、DX人材に必要な適性として6つの仮説を挙げています。
適性因子(仮説) | 概要 |
---|---|
不確実な未来への創造力 | ・取り組むべき領域を自ら定め、新分野への取組みを厭わず、ありたい未来を描き、挑戦する姿勢 ・課題設定力 |
臨機応変/柔軟な対応力 | ・計画通りのマネジメントではなく、外部の状況変化や状況を踏まえ、目標を見失わずに、都度ピボットしながら進めていく姿勢 ・当初の計画にこだわりすぎない |
社外や異種の巻き込み力 | ・対立する周囲のメンバーを巻き込むだけでなく、外部の「他者」との交わりを多く持ち、自分の成長や変化の糧にできる受容力 |
失敗したときの姿勢/思考 | ・一時的な失敗は、成功に向けた過程であり、失敗を恐れず、立ち止まらず、糧にして前に進めることができる姿勢 |
モチベーション/意味づけする力 | ・自ら解決したい、取組みたい課題を明確にし、自らの言葉で話すことができ、前向きに取組みたいと感じられる姿勢 ・主体性・好奇心 |
社外や異種の巻き込み力 | ・対立する周囲のメンバーを巻き込むだけでなく、外部の「他者」との交わりを多く持ち、自分の成長や変化の糧にできる受容力 |
いざというときの自身の突破力 | ・解決や困難な状況に陥ったときでも、諦めずに、さまざま方法を模索し、壁を突破するためにリーダーシップを発揮する姿勢 ・責任感 |
1. 不確実な未来への創造力
不確実な未来へ挑戦していくには課題解決力が重要です。設定した課題に誤りがあれば、最先端のデジタル技術を駆使しても価値は生まれません。課題を正しく設定し、それを明確にしたうえで、仮説検証を行いながらDX推進の道筋を立てていく力が必要です。
2. 臨機応変/柔軟な対応力
DXが新たな価値を生み出す活動であるため、最初から完璧な計画を立案し、新たな価値を創出していくことは困難です。例えば、ステークホルダーとの交渉や顧客からのフィードバック、自社の経営環境の変化などの外的な要因で、プロジェクトの方向性を変える必要があることも多いかと思います。そういった要因で変更を余儀なくされる状況に立たされても、苦にしない精神的なタフさや、発想の転換や単一施策・短期的な結果で判断しない柔軟性が必要です。
3. 社外や異種の巻き込み力
DX人材は、相手の意見を聞きながら周囲を巻き込むことが大切です。自身の意見や考えも持ちつつ、他者の意見を取り入れながら周りを巻きこんで推進していかなければDXは進みません。特に新規事業を作っていく際は、他部署の社員やそれぞれの部署にいるベンダーも巻き込んで進めていかなければならないため、それぞれの意見を調整し同じ方向へと導く能力が必要です。
4. 失敗したときの姿勢/思考
DXの実現に向けた取り組みすべてが新たな挑戦であるため、失敗を恐れていてはDXを推進することは困難です。まだ先の見えない取り組みに対して、しり込みするのではなく、挑戦する姿勢が大切です。また、失敗をしても、その失敗を糧に前に絶えず挑戦できる姿勢が必要です。
5. モチベーション/意味づけする力
DX人材には、自ら解決したい・取り組みたい課題を明確にし、前向きに取り組める主体性や好奇心が必要です。デジタル技術はとても進歩が速いため、強い好奇心がなければキャッチアップし続けることは難しいでしょう。また、デジタル技術を活用して、新しいビジネスを生み出し、ビジネスの課題を解決したいと思える主体性も大切です。
6. いざというときの自身の突破力
DXは、既存のビジネスやプロセスに変革を起こす取り組みであるため、既存部署から必要な協力が得られないといったケースは多いかと思います。しかし、こういった困難な状況に陥ったときにも方法を模索し、変革を成し遂げるために必要なのは「現状を変えたい」という揺るぎない意思であり、「自身で動き、考えて解決しようとする」行動力と突破力です。
DX人材の6つの職種と必要なスキル
独立行政法人情報処理推進機(IPA)の「デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」によると、企業・組織におけるDXの推進を担う人材として6つの職種が定義されています。
種類 | 役割 | 必要なスキル例 |
---|---|---|
プロデューサー | DXやデジタルビジネスの実現を主導するリーダー人材 | ビジネス発想力 プロジェクトマネジメント 社内調整力 データ分析 |
ビジネスデザイナー | DXやデジタルビジネスの企画・立案・推進などを担う人材 | ビジネス発想力 プロジェクトマネジメント 社内調整力 システムデザイン データ分析 |
アーキテクト | DXやデジタルビジネスに関するシステムを設計できる人材 | ビジネス発想力 プロジェクトマネジメント システムデザイン |
データサイエンティスト・AIエンジニア | DXやデジタルビジネスに関するデジタル技術やデータ解析に精通した人材 | ビジネス発想力 データ分析 システム開発 |
UXデザイナー | DXやデジタルビジネスに関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材 | システムデザイン UI・UXのデザイン |
エンジニア・プログラマー | 上記以外にデジタルシステムの実装やインフラ構築などを担当する人材 | システム開発 |
プロデューサー
プロデューサーは、経営方針やビジネスモデル、顧客との関係性などを理解し、これらをもとに自社の置かれる状況を客観的に把握しながら、ビジネスをDXでどのように変えていくかを定義し推進するリーダー格の人材です。プロデューサーにはCDO(最高デジタル責任者)を含むため、通常では理事や役員クラス、または部長クラスが就任するケースが多いです。
プロデューサーの業務にはDXの戦略立案や新規事業を含めたビジネスモデルの検討があり、それらの自社のDXプロジェクトの進め方の方針を決め、体制の検討・人材調達・予算統制・年度計画などを担当します。
このような役割を担うので、ビジネス発想力・プロジェクトマネジメント・社内調整力・データ分析などのスキルが必要です。
ビジネスデザイナー
ビジネスデザイナーは、プロデューサーのもとで、具体的にビジネスを発想するDXの企画・立案・推進などを担う人材です。プロデューサー同様、自社の経営方針やビジネスモデル、顧客との関係性などを理解し、ビジネスをDXでどのように変えるかを定義し、具体的なDXのプロジェクトを立案し、現場でDX推進を行うリーダー格の人材です。
ビジネスデザイナーは、デジタルとビジネスの両面の知識があり、新たなビジネスやサービスを作り出して構築できる人が担当することが望ましいです。 自社の課題は何か、データとデジタルを使ってどのように解決するのかを決め、体制の検討・システム開発の要員調達・システム開発計画・予算計画・品質計画などを担当します。
このような役割を担うので、ビジネス発想力・プロジェクトマネジメント・社内調整力・システムデザイン・データ分析などのスキルが必要です。
アーキテクト
アーキテクトは、ビジネスデザイナーのもとで具体的にDXのシステムを設計できるシステムデザイナーです。ビジネスデザイナー同様、デジタルとビジネスの知識があることが望ましいです。理由は、ビジネスの専門用語の知識がなくては、最適なシステムデザインができない可能性があるためです。
アーキテクトは、システム開発に関する知識やビジネス発想力、プロジェクトマネジメント、システムデザインなどのスキルが必要です。
データサイエンティスト・AIエンジニア
データサイエンティスト・AIエンジニアは、DXに関するAI・IoTなどのデジタル技術やデータ解析に精通した人材です。経営方針やビジネスモデル、顧客との関係性などを理解し、自社のビジネスをデータでどのように変えるかを定義し、具体的なデータビジネスを考えられるリーダー格の人材と、実際に現場でデータを分析する人材がいます。
社内や社外にどのようなデータがあり、それを使ってどのようにビジネスを有利な方向に持っていくかを考えます。
このような役割を担うので、ビジネス発想力・データ分析・システム開発などのスキルが必要です。
UXデザイナー
UXデザイナーは、DXに関するシステムのユーザー向けデザインを担当する人材です。
DXのシステムデザインを行う「アーキテクト」とともに、システム利用者とインターフェースであるUIや利用者のシステム利用体験を向上させるためのカスタマージャーニーなどを含むUXをデザインします。
このような役割を担うので、システムデザイン・UI/UXのデザインなどのスキルが必要です。
関連:カスタマージャーニーとは?効果的なマップの作り方と2つの活用事例
エンジニア・プログラマー
エンジニア・プログラマーは、ここまでに紹介した5種類のDX人材の内容をもとに、システムの実装やインフラ構築などを担う人材です。主にシステム設計・システム開発、総合テスト、保守管理などを担当します。
従来のシステム開発人材の知識やスキルを活かしつつも、DXを推進するために必要な新たな技術を取得することができる人材が必要です。
このような役割を担うので、基礎的なシステム開発に関する知識やスキルだけでなく、DXの知識も持ちつつシステム開発を行うスキルが必要です。
社内でDX人材を育成させる方法
DXを推進するためにDX人材に求められるスキルや適性のすべてを兼ね備えた人材を採用する方法もありますが、根本的に人材が不足している現在、人件費も高くなりますし、企業同士での取り合いになるため採用に繋げることは難しいでしょう。
このような場合に、社内の中でスキル・適性のどちらかを有する人材に対して、足りない要素を育成していく方法があります。
例えば、DX人材に求められるスキルを持った人材に対して、ワークショップやマインドセット研修などを通じて適性を育てたり、スキルの有無は除外し、適性の近い人材を登用し、スキルは後から取得する方法などです。自社の社員をDX人材へと育成する方法を紹介します。
座学による知識やスキルの習得
技術的な知識やスキルにおいては、AIやビッグデータ、UX、データ分析力といったデジタルの専門スキルを取得する必要があります。さらに専門スキル以外にも、スキルに対してのリテラシーを網羅的に取得する必要があります。
また、ビジネス側のスキルにおいてはプロジェクトマネジメントや社内調整方法などのフレームを座学によって学ぶ方法もあります。
座学ではハンズオン講座や社外講師による講義が有効的です。ハンズオン講座は、特に技術系スキルの習得に向けて効果が大きく、ソフトウェアを操作したり、アプリを作成したりと実際に技術に触れることで活用イメージを具体化でき理解も深められます。社外講師による講演では、DX推進を成し遂げた企業のリーダーなどに講演してもらうとよいでしょう。
マインドセット研修の実施
これまでにないものを生み出すために「変革を恐れない」「周囲を巻き込む」などのマインドセットを習得することも大切です。DXとは何か、ビジネスはどのように発想すればよいのかなど、テーマを設けてワークショップ中心の研修を行うとよいでしょう。講義だけではマインドセットが身につきづらいため、グループワークを混ぜながら実施するとより効果的です。
OJTによる実行力の強化
座学で習得したスキルセットなどをOJT(On the Job Training)で実践し、実行力を身に付ける必要があります。OJTには例えば、社内や自部門などに限定した小規模なプロジェクトを活用する方法があります。OJTを実施した際には、その結果を評価する必要がありますが、社内の人材のみで準備するのはリソース面で困難なケースがあるため、外部のDX人材育成サービスを利用する手もあります。
社内外とのネットワーク構築
DXの領域では日々さまざまな場所で新しい技術やサービスが登場しているため、必要な情報をすべて個人でキャッチアップするのは難しく、効率的に情報を得るために社内外にネットワークを構築することがポイントです。
社外においては、ネットワーク構築の一環として、各分野の第一人者のSNSをフォローしたり、最新の技術・サービスの紹介や各社の取り組み事例などの情報交換会などに参加するよう促すことも有効的です。
DX人材育成の事例
キリンホールディングスでのDX人材育成の事例
大手飲料メーカーのキリンホールディングスのDX人材育成の事例を紹介します。
キリンホールディングスでは、2021年7月からキリングループの従業員を対象にした、DX人材の育成プログラム「キリンDX道場」を開始しました。
グループ全体の従業員のDXリテラシーの底上げを目的とし、白帯(初級)、黒帯(中級)、師範(上級)の3種類のコースが用意されており、段階的に高いスキルを得られる取り組みを行っています。
キリンホールディングスではビジネスアーキテクトの育成を優先的に行っており「事業の課題を見つけ出し、ICTを活用した課題解決策を企画・設計し推進」できる人材と定義し、2024年までに1,500人のDX人材の育成を目指しています。
みずほフィナンシャルグループでのDX人材育成の事例
大手銀行のみずほフィナンシャルグループのDX人材育成の事例を紹介します。
みずほフィナンシャルグループでは、社員個々のデジタルリテラシー向上を全社的な課題として位置づけ、デジタルイノベーション部を設立しました。この取り組みでは、社員のデジタルリテラシーを3段階に分けて、オンライン学習やOJTなどのプログラムを提供しています。
デジタルリテラシーの向上への取り組みにあたっては、環境変化に対する危機意識やデジタル化の必要性・重要性を認識する「覚醒段階」、IT・デジタルの基礎用語や適用事例などを学びツール利用の前提知識を取得する「基礎知識習得段階」、RPAの活用やデータ分析・機械学習の利用などの職場課題の解決に貢献する「実践段階」に分けてそれぞれプログラムを実施しています。
それぞれのレベルに応じて、幅広い学習コンテンツから選択できる大規模公開型オンライン講座「Udemy」を活用し、各社員のレベルや興味に応じてオンラインビデオコースを選択できるようにしました。
また、外部企業との協働によって最先端の知見を得る取り組みも行っており、日本IBMとともに「〈みずほ〉×IBMデジタルカンファレンス」を開催。紙書類の入力業務をAIやOCRによって自動化するシステム「The AOR」をベンチャーキャピタルと共同で開発しています。
まとめ
DX人材育成について、DX人材を育成するメリットから、DX人材に必要な知識やスキル、社内でDX人材を育成させる方法を紹介しました。
また、DX人材を育成し、自社のDXを推進していく際に「何から始めたら良いか分からない」「プロジェクトがうまくいかない」といった方のために、下記の資料では失敗しないDXのはじめ方や進めるうえでの注意点などを詳しく紹介しています。すでにDXに取り組んでいる方々にも参考となる内容ですのでぜひご活用ください!
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